小さなランプの薄明かりの中、絡み合う2つの肉体があった。
何も身に纏わず体内に欲望の証をくわえ込み、腰をくゆらせて快楽をむさぼっているその者の年の頃は20代後半であろうか。
背中まで伸びるつややかな黒髪が、腰の動きに合わせて揺れる。
その胸には女性らしい膨らみはなく筋肉によって固く引き締まっており、端正な顔立ちの右目は黒い眼帯によって隠されていた。
「グラフ」
「ん……?」名を呼ばれた青年は閉じていた瞳を開き、自分の下にいる男の顔を見た。
「なにが……そんなに楽しいんだ?」
口の端に笑みを浮かべ自分を見上げている男の表情に、彼は腰の動きはそのままに、荒い息の下訊いた。
返事はすぐに来た。
「ん? 最初の頃は俺の腰を跨ぐだけでも大騒ぎしてたってのに、随分慣れたな、と思ってな」
「んなっ!?」
男の楽しそうな声音に、グラフは上気していた肌をさらに赤く染めた。
「……不満なら……今すぐやめてもいいんだぞ…………」
「それは困るな。アンタだってこんなにしちまってるのに、途中止めは辛いんじゃないのか?」
男は苦笑いすると、欲望にぬれている彼のモノを指先でそっとなぞった。
「っ……」
グラフはその刺激を身震いしてやり過ごす。
男はふと何かを思いついたような表情を浮かべた。
「そうだな……。アンタが一人で抜いているところを見物するのもいいかもな?」意地悪く囁かれたその言葉に、グラフは唐突に腰の動きを止めた。
「どうした?」
「ヤル気が失せた。お前が一人でヌいてろよ」
怪訝な顔をする男をキッと睨み付け、グラフは腰を浮かせた。男があわててその腰をつかむ。
「おいおい、冗談だって。一人でイかせるなんて勿体無いこと、できるわけねェだろォ?」
言いながら腰を突き上げた。
「あっ!」
半ば抜けかけていたソレを根元まで一気に埋め込まれ、グラフの背が撓る。その背に伸びる黒髪が宙に広がるのを見つめ、
「久しぶりの夜だ。壊れるぐらい愛してやる」
男はグラフを更なる快楽といざない始めた。
ファルコン文明の汚点、ライツワイズ。
全ての巨獣と化獣を従わせる強大な力故、虹によって封印されていた破壊神。
封印が解かれ復活した彼が放った巨大閃光はいくつかの国を壊滅状態へと追いやり、世界は滅亡の危機にさらされた
閃光の被害を免れた王国ラーアジノヴと賊国家ボボンノーグ両国は、存亡をかけた戦いをライツワイズに挑んだ。
ラーアジノヴからはスイートマドンナ以下名だたる海賊。ボボンノーグからは国王ガーシュが王座を掛けてまとめあげた数多の海賊達。
多大な犠牲を払い、人々はかろうじてライツワイズに勝利した。
その後。平和が訪れたラーアジノヴでは、海賊たちの勢力図が一変していた。
今まで国内を仕切っていたレッドスケル、クロウバード、ダイモンドサーペントが軒並み規模を縮小したのがその原因だった。
決戦後キャプテンスパードは引退してまだ10にも満たぬわが子へその跡目を譲り、水の壁によって船を失ったクロウバードが建造したのは中堅海賊程度の規模の船。
キャプテンナッツ率いるダイヤモンドサーペントは、港を持たぬ流浪の海賊となって久しい。
代替わり等によって、その規模を縮小することは今まででもよくあることだった。だが3大海賊全てが同時期に勢力を落とすなど前代未聞のこと。更にスイートマドンナとダークネスゲイルも引退してしまった。これを好機とみた大小さまざまな海賊によって、覇権争いが繰り広げられていた。
そんな中、海賊たちの間で一人の男が注目を集めていた。
その人物の名はグラフ。
クロウバードのキャプテンである彼は、スイートマドンナのキャプテン、ジョン・バーツの情人としても世間に知られていた。
だが。バーツはグラフよりもキャプテンスパードを選び、決戦後彼の前から去った。
代々続く大海賊のキャプテンであり、ライツワイズを倒した功労者であるクレイジーバーツが唯一心を許した男。
お人よしの腰抜けと揶揄されながらもそれだけのステータスを持つ彼を、荒くれ者達が放っておくはずがない。
ラーアジノヴは彼を己の物とし国内に名を轟かせようと目論む海賊達で溢れていた。
同業者からその様に見られている事はグラフ本人も十分承知していた。バーツが去って以来グラフは常に剣を腰に携え、彼のそばにはクロウバード副長2人が必ず付き従っている。
名を上げる誘惑に耐え切れず、実力行使に出た者が幾人もいた。だが水準以上の剣の腕を持つグラフと彼を護る副長達によって、悉く返り討ちにされていた。
とある港町。場末にある寂れた酒場に彼はいた。船長服の代わりに黒いシャツを着、眼帯を髪で隠した彼の傍にはいつも一緒の副長たちの姿がない。
そこはカウンターの他に4人掛けの丸テーブルが4つほどあるだけの小さな酒場だった。
カウンターの奥まった席に座る彼の前には封が切られたバーボンの壜が置かれ、中身は半分ほど減っている。
主人がグラスを磨く音だけが聞こえる店内には、どこか寂しげな表情で杯を空ける彼以外客はいない。
小さくため息を吐き、空になったグラスに再びバーボンを注いだ時。
壊れそうな勢いで乱暴に扉が開かれ、静寂は破られた。
現れたのは、一見して海賊と判る、4,5人の集団だった。
荒々しく入ってきた彼らは入り口近くのテーブルに陣取り、椅子にどっかりと腰を下ろすと、
「おい、オヤジ! 酒だ、酒!!」
無精ひげを生やした一際大柄な男が酒場の主人に向かってがなる。主人があわてて酒瓶とグラスを男たちの元へ運んでいった。
粗暴な男たちの下卑た笑い声がたちまち酒場に満ちる。
静かな時間を遮られた彼は、不快な視線を一団へ向けた。
だがそれも一瞬のこと。何事もなかったかのように、手にしたグラスを傾けた。
「よォよォ」
男が一人、カウンターにやってきた。彼の隣に腰を下ろす。
彼は視線だけを動かし、男を見た。先ほど主人に向かって酒を頼んでいた大男だ。どうやらこの男がキャプテンらしい。
「ニイさん一人かい? この店には色気がねェからよォ。こっちに来て俺たちと一緒に飲まねェか?」
好色じみた笑みを浮かべて肩越しに指差したその先では、クルー達がニヤニヤと薄笑いを浮かべ、彼らを見ている。
「折角だが遠慮する」
「おいおい。寂しいこと言いっこなしにしようや」
誘いがあえなく断られても、大男は引き下がりはしなかった。彼の顎に手を掛けて自分のほうへ顔を向かせ、顔を近づける。
「女がいないならせめてキレイな兄ちゃんに酌してもらいたい、って言う俺達の気持ちを汲んでくれても……」
「そんなのは俺の知ったことじゃない。サービスしてもらいたいなら、女のいる酒場に行くんだな」大男の台詞を遮ると、その手を払いのけた。
「オヤジ、金はここに置いてくよ」
「待てよ」
席を立ち、戸口に向かおうとした彼の腕を、大男が掴んだ。
「逃げなくてもいいだろォ?もっと話そうぜ。……ん?」それまでニヤ付いていた顔が、何かを思い出したような表情に変わった。
「アンタ、どっかで見たことあるな?」
「俺はお前を知らん。人違いだろう」
「いいや、見たことあるぜ。アンタ、キャプテングラフじゃねェのか?」
「人違いだ」
顔を覗き込み、なおも言い募ってくる大男の腕を振り解こうとした刹那。前髪を払われた。
髪で隠していた眼帯が露となる。
大男の口から短い口笛が鳴った。
「やっぱりな」
「くっ!」
グラフは右手を腰に回した。だが指先はむなしく空を切った。小さな港だからと、剣はクロウバードに置いてきていた。いつもなら丸腰であっても奇跡のような逃げ足を披露する彼だが、この日はいつもより多い酒量が災いしたのだろう。逃げるための反応が一瞬遅れ、大男の腕を振り払えなかった。
大男はつかんだ腕を力任せに引き寄せると、傍にあったテーブルの上にグラフを押し倒した。グラフの両腕を押さえ込む。
「離せ!」
顔を近づけてくる大男を跳ね除けようと、グラフは全身で抗う。
「暴れんなって。おい、押さえとけ!」
暴れるグラフに大男は舌打ちすると、男達を振り返り、言った。
すかさず小走りにやってきた2人のクルーが、グラフの腕をそれぞれ押さえつけた。
大男はグラフのシャツを引き裂いた。酒によってわずかに染まった肌がさらけ出される。それをねっとりとした視線で見下ろし、肌触りを楽しむかのように腹から胸へと撫で上げていく。
掌は飾りにたどり着き、それを指先できつく摘んだ。
「……くぅ」
こらえきれずグラフが声を漏らし、身をよじる。
「こりゃぁいい。噂以上だぜ」
その反応に大男は舌なめずりをすると、カチャカチャとせわしなくグラフのバックルをはずした。ファスナーをおろすのももどかしいのか、ほとんど引きちぎるようにズボンを引き下げる。
ふくらはぎで止まったズボンを蹴り下ろし、グラフの脚を強引に開いて体を割り込ませると、大男は彼にのしかかった。
「やめろっ……!」
グラフは脚をばたつかせて激しく抵抗するが、彼の両手は2人のクルーによってそれぞれ押さえ込まれている。有らん限りの力でもがいても、それは男たちの興奮を煽るだけにしかならなかった。
「嫌がることはねェだろォ? 寂しい思いをしているアンタをクレイジーバーツの代わりに可愛がってやろう、っつってんだ。感謝しなよ」
大男は黄色い歯をむき出しにして笑い、嫌悪に顔を背けたグラフの頬を舐め上げた。
酒臭い息が耳に吹き込まれ、手と舌が体をはいまわる。
「っ……」
「キャプテン、後で俺たちにも……」
眉根を寄せ、唇を噛みしめて屈辱に耐えるグラフの姿に欲情したクルーが、鼻息荒く大男に声をかけたその時。
ギィ、とスウィングドアがきしみ、男が一人入って来た。滅多に客の来ないこの酒場に、一晩に3組もの客が来るなど珍しいことだ。
突然の闖入者に、グラフを組み敷いている大男以外の男達の視線が集中する。
新たなる男はそれに構うことなく、店の中へ歩を進める。
「今日は貸切だ。出ていきな」
ドアに一番近い位置に立っていたクルーが男に近づいた。追い出そうと肩に手を掛ける。鈍い音がした。かすかな呻きを残してクルーは前のめりに倒れた。気を失ったのか、ピクリとも動かない。
クルーを一撃で沈めた男はテーブルの上に置かれていたバーボンの瓶を掴むと
「おい」
グラフの両脚を抱えている大男の背後に立ち、その肩を叩いた。
「あぁ?」振り向いた大男の額に、バーボンの空き瓶が思い切り叩きつけられた。
「ひいっ!」
華々しい音とともに瓶が砕け散り、大男は悲鳴を上げて転がった。
『キャプテン!!』
「痛ぅっ……」クルーが助け起こすよりも早く、大男は額を押さえて床から起きあがった。
「なにしやがる、テメェ!!」
瓶の破片で切れたのだろう。怒りに震えるその顔は鮮血で染まっている。
「そいつを放せ」
「ああ!? こいつは俺の獲物だゾ! 横取りしようってのか!??」
目に入った血を乱暴に拭い、冷ややかに言った男をにらみつけた。額に刺青をした、片腕の男だった。
その姿を認めた瞬間。大男の顔から血の気が引いた。
グラフの腕を押さえつけていたクルー達もほぼ同時に男の正体に気づいたらしい。グラフから手を離し、2,3歩後ずさる。
「アンタは……」
『ダイヤモンドサーペント……』
呆然と呟く男達の顔は、恐怖に青ざめていた。
海賊ダイヤモンドサーペント。規模を縮小したとはいえ、今、国一番と言われているのは彼らである。
「なんでこんなところに……」
漁村に毛が生えた程度でしかないこの街に、ダイヤモンドサーペント号が寄港するなど普通ならあり得ない。彼らの疑問はもっともであった。
隻腕の男はその問いに答える代わりに、腰に佩いた剣を抜いた。男の、ズボンからはみ出たままのモノに剣先を突きつける。
「その汚いモノを切り落されたくなかったら、今すぐここから出て行け」
押し殺した声に、殺気がみなぎっている。
「か、勘弁してくれ!?」
大男はソレを慌ててしまいこむと、転がるように店から飛び出していった。
『キャプテン!?』
男の視線が残ったクルーへと向けられた。
そこにいるすべての者を圧倒する男の迫力に、震え上がったクルー達。気を失って倒れている仲間をアタフタと助け起こし、キャプテンの後を追って店から逃げ出していった。
男は侮蔑の視線を扉へ送り、テーブルからずり落ちて床にへたり込んでいるグラフに顔を向けた。
「お前……」
呆然と見上げるグラフを見て男は表情を和らげた。
「久しぶりだな、グラフ」
「……誰だ?」
男は膝を曲げて彼と視線の高さを合わすと、左手で額の刺青を隠した。
「分かんねェ? スイートマドンナにいただろォ?」
鷲鼻と、人懐こい笑顔がグラフの記憶層を刺激する。
「確か……賭博だっけ?」
「バクチだよ」
思い出してくれたはいいが、相変わらず名前が違っている。バクチは苦笑して訂正した。
「気づかなかった。すまん」
「いいさ、久しぶりに会ったんだ。それに、俺もダイヤモンドサーペントに入って随分変わっちまったからな」
詫びるグラフにバクチは笑顔で答えた。
「賭博」
「ん?」
「……そこのズボン取ってくれねェか?」
「ああ」
バクチは傍に投げ捨てられていたグラフのズボンを拾い上げた。
渡そうと伸ばした手が途中で止まる。
「……どうした?」
拾ってくれたはいいが一向に渡してくれない。訝しげにバクチを見る。
「ファスナー、ダメになっちまってる……」
ズボンは乱暴に脱がされたせいで着用に耐えられるものではなくなっていた。シャツも引き裂かれ、布切れ同然だ。
体を覆えるものを探して辺りを見回すが、テーブルクロスがあるわけでもなく。かといって、バクチの上衣は丈の短いベストだけだ。それをグラフに着せてもあまり意味は無い。どうしようかと思案していると、
「あの……」
バクチの背後で声がした。
振り返ると、店の奥に逃げ込んでいた酒場の主人だった。いつ出てきたのか、毛布を手にしている。
「これを」
「悪いな」バクチは差し出されたそれを受け取り、グラフの肩にかけた。
「立てるか?」
「ん」
グラフの手をとり、引き上げる。
「オヤジ、部屋かりるぜ」
バクチは店の主人に断りを入れると、よろめくグラフに肩を貸し、階段を上っていった。
酒場が宿も兼ねていることはよくあり、小さな街ではそれが顕著である。
ために、場末の酒場とはいえ、ここも他の店同様宿屋を兼ねている
2階へあがったバクチは手近なドアを開け、手探りで明かりをつけた。
簡素なベッドで部屋の半分が占められている部屋は、ベッドのほかには他に小さなテーブルと椅子が一脚あるだけだった。
バクチはグラフをベッドに座らせ、
「ちょっと待ってろ」
と言い残し、部屋から出て行った。
「…………」
部屋に一人残されたグラフ。あらためて自分の姿を見る。両腕には押さえつけられていた指の跡がくっきりと残っていた。
体のあちこちに大男が残した痣があり、愛撫といえないほど乱暴な手つきで探られた秘部にはひりつく痛みが走る。
もし、あの時バクチが来なかったら。グラフは肩にかけられた毛布を体の前で合わせなおし、身震いした。
暫くしてバクチが戻ってきた。その手にはマグカップが握られている。
「これ飲めよ。落ち着くぞ」
差し出されたそれは、湯気の立つミルクで満たされていた。
「俺はガキかよ」
グラフは苦笑しながらもマグカップを受け取った。一口含んでホッと息をつく。
「服はオヤジに頼んできた。朝までには用意してくれるとさ。とりあえず、今日はここに泊まれ」
「世話をかけるな……。すまん」
「気にするな。困ったときはお互い様って言うだろォ?」
頭を下げたグラフに軽く手を上げて答えたバクチは、椅子を手元に引き寄せると背もたれをグラフに向けて置いた。
バクチはそれに跨いで腰を下ろすと背もたれの上で腕を組み、そこにあごを乗せグラフを見つめる。
「なぜ一人でこんなところに居たんだ? しかも丸腰で。 お前さん、色んなヤツから狙われていること知らないわけじゃねェだろォ?」「たまには一人になりたくてな……。ここなら寂れてるし、同業のヤツらも来ねェだろうと思ったんだが……甘かったな」
グラフは頭を振り、自嘲気味に笑った。
「噂を聞いたのか?」
バクチの問いに、ビクリとグラフの背がはねた。まっすぐ見つめるバクチの視線から逃げるように顔をそらし、うつむいた。マグカップを握る指が小刻みに震えている。
「……」
「やっぱりそうか」
答えはなかった。だが、バクチにはその反応だけで十分だった。
数日前からラーアジノヴ国内にある噂が流れていた。
曰く、小島に移り住んだある男女の間に子ができた、と。
うつむいたまま微かに頭を振ったグラフは
「忘れられたと思ってたんだけどな……」
力なく呟くと、右手で顔を覆い、項垂れた。
その様子を痛ましげに見ていたバクチは椅子から立ち上がるとグラフの隣に腰掛けた。彼の肩に手を回し、そっと抱き寄せる。
己の胸に身を預け震えるグラフを、バクチは何も言わず抱きしめていた。ややあって、バクチから離れ、グラフはおもてを上げた。
そこに涙の跡はない。
「今日はアンタにみっともないところばかり見せちまってるな」
「そんなアンタを見せてもらって、俺は嬉しいね」決まり悪そうに頭を掻いたグラフに、バクチは柔らかく笑い返した。と、ふいに表情を引き締めた。
「なあ、グラフ。 お前、俺のモノにならねェか?」
「へ?」
突然の台詞にグラフは意味を掴みかね、きょとんとした顔でバクチを見返した。バクチはそんな彼を真剣な眼差しで見つめ、言葉を続ける。
「アンタは今、国中の海賊の注目の的だ。 今のままじゃおちおち街を歩けねェだろォ?」
「……まあな」
「俺のモノになれば、アンタのバックにはダイヤモンドサーペントが付くことになる。そうすればアンタはもう、あんなチンケなヤツらに煩わされずにすむぜ?」
「本気で言ってるのか? 大体、ンな事、お前んとこのキャプテンが承知するはずねェだろォ?」
予想だにしなかった申し出に、グラフは目を丸くして言った。
「ナッツにはもう話を通してある。 こっちとしてもクロウバードと手を組めば、なおさら箔がつくからな。 利害は一致していると思わないか?……それに」
「それに?」
言い澱んだバクチをグラフは怪訝な顔で見つめた。
「一人でいるよりも……誰かのモノになった方が、早く忘れられると思うぜ?」
「……そうかもな」
グラフは薄くと笑うと立ち上がり、テーブルにマグカップを置いた。
「おい?」
つられて立ち上がったバクチに背を向けたまま、羽織っていた毛布を肩から落とした。普段は船長服によって隠されているため陽に焼けず白いままの肌が、バクチの眼前にあらわとなる。
肩まで伸びる黒髪と、白い肌のコントラスト。肩甲骨から腰にかけての線の艶めかしさに、バクチは思わず息を呑む。
グラフが身体ごと振り返った。
細いが引き締まった体躯。海賊という危険な稼業を何年もやっているのに、その身には先ほどの男達によって付けられた痣以外、傷一つない。
「キレイだな……」
「それは男に言うセリフじゃねェだろ」姿態に魅せられ茫然とつぶやいたバクチに苦笑しつつ、両の手を彼の首に絡めた。
「お前に俺とヤる覚悟があるのなら……好きにしろよ」
「決まりだな」
笑ってこたえたバクチはグラフの腰に腕を回して抱き寄せ、また躊躇いの色の残るその顔に、そっと口づけた。
グラフはうつぶせになってぐったりとベッドに横たわっていた。
「大丈夫か?」
ヘッドボードに背中を預けてくつろいでいたバクチが、笑みを含んだ声でいった。
「大丈夫じゃねェよ。明日出港だってのに。腰が立たなくなったらどうしてくれる」
枕から上げたその顔には、疲労の色が濃く浮かんでいる。だが
「ん?言ったはずだぜ? 壊れるぐらい愛してやるって」
「……ああ、そォ、」
歯がきらりと光りそうなほど爽やかに笑いウインクまでしてみせたバクチに、グラフは諦めたようにため息をつくと再び枕に顔を埋めた。
「それに……セーブ出来なくなるぐらい、アンタがヨすぎるのがいけない」
躰を重ねた最初のころは自ら快楽を追い求めることにひどく抵抗を示していたグラフだったが、今では躊躇いなく淫らに腰を振るようになり、たどたどしかった口淫も、バクチのツボを心得るほどに上達した。バーツしか知らなかったグラフを知り、バーツの知らないグラフを引き出していく。それはバクチにとってこの上ない幸せだった。
バクチは腕を伸ばすと、彼の背骨のラインに沿って軽く指を這わせていく。
「やっ……」情事の余韻で敏感になっている肌に触れられ、グラフが小さく喘ぐ。
「ほら。んな声聞かされたら押さえられるわけねェだろ?」
そう言うと、グラフの首筋にかかる髪をかき上げた。陽に焼けてはいるがシミ一つないうなじがバクチの眼前に剥き出しとなる。
「ここ、綺麗なままだな」バクチは身をかがめると、露わになったそこへ唇を寄せ、きつく吸う。
「ちょ……、やめろって……っ!」
グラフがあわてて身をよじる。
「なんで?」
行為を中断させられ不満そうなバクチに、グラフは口づけられた場所を押さえて睨み付けるようなきつい眼差しを向けた。
「なんで、じゃねぇよ! こんなとこに痕付けられたら、髪が括れなくなっちまうだろォ!?」
「イイじゃねェか、解いておけば。髪を解いてるアンタも色っぽくて……いや、そんなアンタを他の奴らに見られるのはまずいな……、うん」
下を向き、小声でなにやらぶつぶつ言っているバクチに、
「大体、見えるところに痕は付けるな、っていつも言ってるのに……」
グラフは体をひねると、ブランケットをもちあげた。その躰にはいくつも赤い痕が散っている。
「毎度毎度、こんなにしてくれて。これじゃシャツ脱げねェだろォ。 何考えてんだよ、一体」
「雑魚よけだ」
「雑魚よけ?」
グラフはきょとんとしてバクチをみた。
フリーになり、誰もが狙っていたキャプテングラフ。その彼をダイヤモンドサーペントの船長補佐が手中に収めたという情報は瞬く間に 国中の海賊に広まった。以来グラフの周囲は以前の平穏を取り戻しているのだが……。
「つまり、アンタがシャツを着てる日は俺と寝た後だって、海賊の間じゃ周知の事実ってこと……ブッ!!」
得意気に言ったバクチの顔面に、突然何かがたたきつけられた。
「痛ェ……」
もろに打ち付けたのか、鼻を押さえたバクチの目にはうっすらと涙が浮かびはじめた。見れば、先ほどまで身じろぎさえ辛そうにしていたグラフが上体を起こしていて、その両手には枕がしっかりと握られているではないか。
グラフは羞恥で顔を真っ赤に染め、ふるふると全身をふるわせている。
「毎回毎回、目立つところに痕付けるのは……」
「そういうこと」
「てめっ」
全く悪びれることなく答えたバクチにもう一撃食らわせようと、グラフが再び枕を振りおろす。
「おっと」
「わっ」
2回目の攻撃をバクチはあっさりと躱すと、グラフの腕をつかみ、引いた。
グラフは不意を衝かれてバランスを崩し、バクチの胸に倒れこむ。
「それだけ元気なら、まだヤれそうだな?」
そんな彼の抱きしめ、耳元にささやいた。その言葉に、グラフの顔から一瞬にして血の気が引いた。
「何言っ……っぁ」身をひねり慌てて離れようとするが、それよりも早く、バクチの指に敏感な部分を捉えられてしまう。
「も、無理だっ……」
弱々しく抗議する声はバクチの唇にさえぎられ消えていった…………。
今回はバクチがちょっと幸せな話……かな?
文章のへたれ具合がどうにもこうにも(汗)